yuripinがゆく

平渡友理 / Hirawatashi Yuri 1994年生まれ。大学、大学院では建築学を専攻。国内外の歴史的な建築とイスラム美術、インド美術が得意。卒論は町家の改装について、修論はイスラム建築について。趣味は海外1人旅で、CanCam2020年1月号ではアメリカ1人旅について語っている。

絵本100万回生きたねこは本当にハッピーエンドなのか

 

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これは、百万回も生きたねこが、二度と生きかえらなくなるまでの物語である。

 

「おれは、百万回もしんだんだぜ。いまさらおっかしくて!」

死ぬことも生きることも、ねこにとってはどうでもいいことだった。どんなに多くの人に愛されようが、ねこはその人たちのことがきらいで、ただ、自分のことがだいすきだったのだ。

ところがあるとき、白いねこと恋をし、そのねこと子ねこのことが、自分よりもすきになってしまう。そして最期は、白いねこの亡きがらの横で何日も泣きつづけ、そのまま動かなくなるのである。

幼少期にこの物語を読んだとき、ねこが白いねこの亡きがらを抱えて泣く挿絵があまりにもかわいそうで、心が締め付けられた。あれだけ強気だったねこが、あまりにも悲しげに泣くのである。しかし、ねこは他者を愛すことの幸せを知り、満足のゆく人生を送ることができたからこそ、もう二度と生きかえらなかったのである。この絵本は愛について描かれた、美しいハッピーエンドの物語であると捉えていた。

 

しかし今、改めて読み返してみると、この絵本はそんなに単純な物語ではないように思えてしまう。妻である白ねこは、ねこに対して、常にそっけない返事しかしない。そしてそんな受け身の姿勢のまま、彼女の気持ちは一切表現されることなく、しずかに死んでゆくのである。愛してくれたものに大変悲しまれるその姿は、他者を愛することを知らなかった頃のねこと、瓜二つなのである。

 

つまり、この物語には、他者を愛することの尊さだけでなく、お互いに愛しあえることの希少さも描かれているのである。実際に、作者である佐野洋子氏は、この物語を出版した三年後に、夫と離婚している。

 

しかしそれでもなお、この物語からは、他者を愛することへの絶対的な信頼を感じる。たとえお互いに愛しあうことが難しくとも、他者を心から愛することができたなら、それだけでとても幸せなことなのだと思う。