yuripinがゆく

平渡友理 / 1994年生まれ。大学、大学院では建築学を専攻した。世界中の伝統的建造物、伝統工芸がすき。

ホタルの美しさ

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この時間が永遠に続けばいい。そんな瞬間が、たまにある。

 

2016年、初夏。わたしたちは奈良の室生寺(むろうじ)へ向かっていた。室生寺は、奈良県の中でも山深い場所にある。深夜11時。観光バスで賑わう昼間とはうってかわり、暗闇と静寂が、山を包み込んでいた。辺りに人の姿はなく、虫の声だけが響き渡る。

「どうしても、友理にホタルをみせたくって。」

恋人が、運転席で照れくさそうに笑った。

 

 室生川では昔から、月明かりがなく風の弱い、蒸し暑い夜になると、ホタルがたくさん飛ぶそうだ。ふたりで川を覗き込むと、ホタルが黄緑色の光を放ち、ゆらゆらと飛んでいた。

「きれいやなあ。」

恋人が噛み締めるようにつぶやいた。

 

 当時、わたしは大学4年生だった。数ヶ月後に院試を控えており、来年からの進路が決まっていなかった。院浪することになったらどうしよう、いやそもそも大学を無事に卒業できるのだろうか、と、将来について不安の尽きない毎日だった。

 

室生寺は、今から1250年も前から、俗世を離れた山林修行の場だったという。昔の人はどんな思いで住み慣れた都を離れ、この地へ来たのだろう。それぞれなんらかの事情を抱えており、俗世を離れれば何かが変わるような気がして、寺の門を叩いていたのかもしれない。

 

そんなことを考えていると、ホタルがふーっとわたしのほうへ飛んできた。ホタルはふわふわと飛んでいて、光も儚げで、見ているとなんとなく不安になる。それなのに、その姿は妙に美しかった。

ホタルが発光する能力を獲得したのは、「天敵をおどかすため」という説や、「食べるとまずいことを警告するため」という説がある。いずれにせよホタルの美しい光は飾りではなく、この世界でなんとか生き抜くための必死の策なのである。

 

暗闇の中でじっとホタルを眺めていたら、進路についてなんとなく不安なわたしと、室生寺へ修業にきた昔の人と、生き抜くために必死で美しい光を放って飛ぶホタルが、なぜかみな、同じように感じられた。

いつの時代のどんな生き物にも不安なことはあって、みな、それと懸命に向き合いながら生き、そんな姿がとても美しいのだと。そう思うと、なんだか急に人生が、今という時間が、きらきらと輝き出して感じられた。進路について漠然とした不安を抱えながら、大好きな人とホタルをみているこの瞬間が、たまらなく美しく感じられた。

 

気がつくと、だいぶ遅い時間になっていた。帰り道。相変わらず誰もいない山道に、虫の音だけが響き渡っている。

「綺麗かったやろ。また来年もこような。」

隣で恋人が、満足げに笑った。

 

 あれからもう、4回も夏が巡った。その間に、わたしは大学も大学院も無事に卒業し、就活の荒波もなんとか乗り越え、社会人になった。そして恋人は、夫になった。

日々忙しなく過ぎていく時間の中で、たまにふと、あの日のホタルを思い出すのである。するとまた、日々の生活が輝きだすのだ。

 

 

 

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