yuripinがゆく

yuripin/平渡 友理 1994年、宮城県仙台市生まれの大学院生(建築学専攻)。大学在学中に、ベトナム、ウズベキスタン、インド、台湾、香港、マカオ、シンガポール、タイ、インドネシア、マレーシア、オーストラリア、イタリア、チェコを旅する。現在は大学院でイスラム建築の研究をしている。趣味は旅と写真。

私のエネルギーの原点

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プロローグ

「ゆりぴんはアクティブですごいね」と、よく言われる。

しかしこのエネルギーには、実は源がある。それは、「転校という逆境に、絶対に負けない」ことである。

 

知っている人もいると思うが、私は父の仕事の都合で、小学校4校、中学校2校に通ってきた。

高校以降の私を知る人は、「ゆりぴんは活発だしコミュ力もあるからそんなん余裕だろ」と思うかもしれない。確かに、すぐに馴染み、子供らしく友達と楽しい時間を過ごした学校も何校かある。

しかし実際のところ、上手くいかない学校も多かった。具体的に言えば、いじめられたり、友達がなかなか出来なかったり、そもそも新しい文化に馴染めなかったりするわけである。

 

親には実際に起こっていたことのほとんどを話せていないし、実質的に孤独であった。

昔の小学校の友人からの手紙に貼ってあるプリクラを見るたびに、転校せず、あのまま入学した小学校に通えていたらどんなによかっただろう、なぜ自分だけこんなに転校しなければならないのか、と辛くなっていた。

 

特に2校目の中学校が一番酷く、毎日登校するのが本当に辛かった。教室でも廊下でも、常に何かしら嫌なことを言われるのである。しかしそれでも、私は不登校にはならなかった。なぜなら冒頭でも述べた通り、転校という逆境に打ち勝ち、人生を成功させてやる、という気持ちがあったからである。

 

 

転機となった高校入学

中学1年の時に仙台市内の中学校に転校したのだが、転校して間も無く、自分の好きな高校を選択し、高校見学にいくという行事があった。そこで、「今年の受験から、仙台二高が共学化する」という話を知った。

 

仙台二高は、東北地方トップの偏差値と進学実績を誇る、男子校の進学校であった。調べてみると、この高校では毎年学年の3人に1人以上が東北大に進学し、60名近くが医学部医学科へ進学し、10人程度が東京大学へ進学することが分かった。もちろんそのような高校は東北地方に他にはないため、ざっくり考えると、他のどの高校へ進学するよりも、人生の勝機をつかめる可能性が高いわけである。

私は静かに、この高校を第一志望校にした。

 

とはいえ私の中学校では、毎年学年のトップ5しか仙台二高へ進学できなかった。それなのに、中1の終わりの時点で私の成績は、学年12番。このままでは、仙台二高へ進学できない。私は週6で陸上部の活動をしつつ、一生懸命勉強した。

 

その結果、中学2年以降は常に学年トップ3から落ちることなく、無事、この高校に入学することができた。人生で初めて、逆境を自分の力で跳ね除けた瞬間であった。

 

これからの話

その後、1浪した挙句第一志望の大学に不合格になったりはしたものの、旅や写真といった趣味ができ、素敵な友人にも恵まれ、グローバルに展開する大企業に内定をもらい、中学時代の私がざっくり想像していた「成功」は、既に達成されたような気もする。

 

しかし私は今、自分の現状に全く満足していない。転校をバネに自分はどこまで高みに行けるのかというのがエネルギーの源にあるのと、自分の本当の夢(これについてはまた後日)はまだ叶っていないため、もっともっと、という気持ちが常にある。死ぬ直前まで、先へ先へと努力し続けたいと思う。

 

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