yuripinがゆく

平渡友理 / Hirawatashi Yuri 1994年生まれ。大学、大学院では建築学を専攻。国内外の歴史的な建築とイスラム美術、インド美術が得意。卒論は町家の改装について、修論はイスラム建築について。趣味は海外1人旅で、CanCam2020年1月号ではアメリカ1人旅について語っている。

カンボジアの水上生活の村と4人の若者

f:id:yuripin:20200203191128p:plain

大学の授業で写真を見た時からずっと、水の上で暮らす人々のことが気になっていた。

水の上に高い高い木の柱を立て、家族みんなで仲良く生活をする、そんなイメージ。ジャパンの社宅ジャングルの中で育った私(https://twitter.com/sounds_shick)は、その牧歌的で優雅なイメージに対し、強い憧れを抱いていた。

 

村へは、シェムリアップ市街からバスで1時間ほど。のどかな農村風景の中、たびたび土埃に襲われながらも、バスは進んだ。

f:id:yuripin:20200105130336j:plain

水上生活の村へと続く道

f:id:yuripin:20200106235705j:plain

午後の暖かな日差しが差し込む中、熟睡する友人

バスでは後部座席がちょうど空いていたため、そこに座ることにした。 私が横にいた友人と話していると、気がついたらあとの2人が眠っていた。穏やかで温かな、午後の時間が流れてゆく。

バスを降り、小舟に揺られて10分ほど進むと、水上住宅が見えてきた。想像以上に高さが高く、郊外のレジャー施設にある大きなアスレチックのようにも見える。

f:id:yuripin:20200105130612j:plain

水上生活の村

それぞれの家は鮮やかな色で彩られ、高くて急な梯子がかかり、そして風通しがあまりにも良すぎる。ジャパンで生まれ育った私には何から何まで非日常に感じてしまうのだが、そこではお年寄りから子供まで、何ということのない顔でのほほんと日常生活を送っていた。

 

 

f:id:yuripin:20200105131833j:plain

泥の坂道を滑り台にして遊ぶ子供

川辺には、たくさんの子供たちの姿があった。彼らが泥の坂道を滑り台にして興奮気味に遊ぶのを眺めていると、自分の幼少期と重なった。私も幼い頃、社宅の子供たちと同じような雰囲気で、同じようなことをして、同じような表情で遊んでいた。建物など見た目の違いこそあれ、世界中どこでも、人の心情や行動にはさほど大きな違いは無いのかもしれない。彼らはきっと、毎日観光客が小舟でやってきては「日常」の写真を撮っていくことを、不思議に思っているのではないか。

 

 

f:id:yuripin:20200105132027j:plain

魚を釣る人

集落を抜けると、湖までの道のりのあちこちに魚取りに励む人々がいた。私もしばらくの間、毎日泥だらけになって魚を捕まえてみたいなあなどと思ったりした。

 

f:id:yuripin:20200106193626j:plain

雨季のトンレサップ湖は、琵琶湖の13倍もの広さがある

トンレサップ湖では、湖上に浮かぶレストランで食事を取った。カンボジアはどこで何を食べても美味しい国なのだが、ここで飲んだアボガドシェイクは特に絶品だった。あまりにも美味しくて、友人と、いつの日か日本に大きなアボガドブームが訪れるのでないかという話をした。

 

f:id:yuripin:20200106193855j:plain

日暮れとともに自宅へ帰る村人

レストランからの帰り道。地平線の果てまで続く雨季のトンレサップ湖は、少しずつオレンジ色に彩られていった。村人たちも、日暮れとともに自宅へと向かう。この時、隣にいた友人が、アイルランドに転勤したい件についてなぜかしきりに語っていた。「なぜアイルランドなの?」と尋ねると、最先端の仕事が出来るからということだった。トンレサップ湖で魚を取る人々を眺めながらIT分野の最先端に思いを馳せるのは、なかなか奇妙な体験だった。

 

f:id:yuripin:20200106231619j:plain

帰りのバスから見た夕焼け

帰りのバスで、アイルランドに行きたい友人に、もし君がここに生まれていたらどんな人生を歩むかと尋ねてみた。

「こんな田舎何としてでも出てやるぞ!って頑張ると思う」と答える彼に、「わたしもそうするだろうな」と返した。

すると、その横にいた友人が、

「僕ならここで一生家族と仲良く、ゆっくりした生活を送りたいと思うだろうな。」

とぼそっと呟いた。

もう1人の友人は、ぼんやりと窓の外を眺めていた。

 

 

f:id:yuripin:20200109224008j:plain

おじいさんが手を振ってくれた

もうすぐ村を出るという頃に、通りすがりのおじいさんが手を振ってくれた。

バスは進む。

40年後くらいに、また4人で会ったら、一体どんな話をするのだろう。

その頃には泥の坂で遊んでいた子供たちも、アイルランドや、もしかしたら地球の外で、生きているのかもしれないし、私はトンレサップ湖で魚をとっているのかもしれない。

 

おじいさんに手を振り返していると、人生の山や谷や川や荒波なんて、そのままにしてどこかへ遊びに行ってしまってもいいのではないかという気がした。

 

 

 

関連記事 

 

www.yuripin.com

 

www.yuripin.com